記事 — 2026年10月21日 · 約8分
「よりよく暮らす」とは?
「生存」と「よりよい暮らし」の違い
関連プロジェクト: Space QOL and ECLSS Human Resource Development Program
TL;DR
- 「生存」と「より良い暮らし」:「生存」とは、生命を維持するために必要な生物学的・環境的条件(酸素、水、栄養素、温度、気圧など)を最低限満たすことである。一方、「より良い暮らし」は、単なる生存の域を超え、身体的・精神的な自律、個人的な満足感、自己価値、そして人生における意味を見出すことを指す。
- 生活の質(QOL)の構成要素:真のQOLには、機能的な能力と主観的な幸福感の両方が含まれる。主観的な幸福感とは、個人が物事をどのように感情的に経験し、自身の状況をどう評価し、人生にどのような価値を見出すかということを指す。
- 文化的背景の重要性:QOLを測る普遍的な指標には限界がある。なぜなら、幸福の定義や感情の表現方法は文化によって異なるからである。ある人がどれほど「良く」生きているかを評価するには、その人が属する文化という独自のレンズを通して捉える必要がある。
背景
宇宙QOL・ECLSS人材育成プログラムに関する調査を行う中で、「単に『生存する』ことと、『より良く暮らす』ことには、どのような違いがあるのか?」という問いに出会った。私自身、「より良く暮らす」ということについて漠然としたイメージは持っていたが、さらに深く掘り下げ、「生存する」ことと「より良く生きる」ことのそれぞれを自分なりに定義してみることにした。本稿では、その過程で得た知見と私自身の定義を共有する。皆さんもぜひ、ご自身なりの定義を考えて、共有していただければ幸いです。
「生存」とは?
デジタル大辞泉では、生存とは「生きてこの世にいること。生命を存続すること。」として定義されている。
人間が地球上で生活するには、以下のものが必須である(OpenStax Collegeに基づいて再現したもの):
- 酸素:ATP生産の化学反応に必須。特に脳にとって必須であり、酸欠5分間で脳損傷、10分酸欠すると死の確率が高い。
- 栄養素:
- 水:成人の体の70%は水である。体内の化学反応にとって必須であり、体温の調整や、関節などの保護にとって重要である。
- 主要栄養素:炭水化物や脂質などエネルギーの元となるものと、アミノ酸を提供するタンパク質など。
- 微量栄養素:ビタミンやミネラルなど、体内の化学反応の調整や神経のインパルス、体の構造(カルシウムなど)に関わるもの。
- 温度:体温が37°C程度が正常である。外部の環境によってそれを上回ったり下回ったりすると、酵素の構造が崩れてしまい代謝が正常にできなくなる。
- 大気圧:体内にある窒素を体液に溶け込んだ状態で保つ。また、酸素と二酸化炭素の交換においても不可欠である。 これらを踏まえて、ここで言う「生存」を次のように定義する:
人間は生命を保つのに必要最低限の化学物質、あるいは環境的要因が整えられているため、生命ができること。
「生存」を乗り越えた暮らしとは?
「生存」だけではなく、より良い暮らしとは何か?ここにQOL(Quality of Life、生活の質)の考え方がある。デジタル大辞泉では、以下のように定義されている:
広義には、恵まれた環境で仕事や生活を楽しむ豊かな人生をいう。狭義には、特に医療・福祉分野で、延命治療のみにかたよらずに、患者の生活を向上させることで、患者の人間性や主体性を取り戻そうという考え方。QOL。
QOLの評価尺度としては、EuroQol(2025)が2009年に提案した “EQ-5D-5L”が挙げられる。EQ-5D-5Lでは、「移動」、「見回りの管理」、「普段の活動」、「痛み・不快感」、「不安・うつ」をそれぞれ5段階で評価するものとなっている。
また、主観的ウェルビーイングもQOLに含まれることがある。Bowling(1997)はQOLを身体的状態に加えて以下のようなものも含まれると論じる:
perceptions of well-being, a basic level of satisfaction and a general sense of self-worth
ウェルビーイングに関する認識、基本的な満足度、自己価値の全般的な感覚
(以上は筆者の訳)
石川、高野 (2024)によると、主観的ウェールビーイングは以下の3つの側面に分かれて測定される:
- 体験:「ある出来事を通じて、対象がどのような「感情」を抱いたのか」
すなわち、ある出来事に対してポジティブな感情があったのかネガティブな感情があったのかを評価するなど。 - 評価:「ある出来事について、対象ごとに異なる基準を用い、総合的な判断を行うこと」
すなわち、ある出来事に対して点数をつけてもらうなど。 - 意味:「ある出来事に対して対象がどのような価値づけをしたか」
すなわち、ある出来事は自分の生活においてどのような意味があるのかなど。
これらを踏まえると「よりよく暮らせる」ことを以下のように定義する:
生きるために必要最低限の条件が満たしているだけではなく、身体的または精神的に自立できて、自分の生活において満足度、自己価値、そして意味があると感じる状態
考察
調査を進める中で、ある出来事に対する感情を評価する際には、文化的な側面を考慮に入れる必要があるという点に気づかされた。石川・高野(2024)は、経験を測定するための基準や手法は国際的に広く普及しているものの、それらが特定の国や地域における感情のすべてを網羅しているわけではないと指摘している。また、そもそも「どのような感情が、その文化を代表するものとしていくつ存在するのか」という問い自体も、文化に依存するものであると述べている。
こうした点を踏まえると、経験の評価は、その経験がなされた文化的な文脈の中で行われるべきだと考えられる。つまり、ウェルビーイング(幸福や幸福感)の定義は文化ごとに異なるものであり、すべての文化を包括するような共通の基準を設けることは困難であると言えるだろう。もしそうであれば、生活の質(QOL)を評価する際にも、文化的な側面を考慮に入れる必要があると考えられる。
参考文献
- デジタル大辞泉, 「生存」, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com/lib/display/?lid=2001010202200 (10-17-2026)
- OpenStax College, “Anatomy & Physiology. Chapter 1: An Introduction to the Human Body.”, Rice University, SUNY OER Services, https://courses.lumenlearning.com/suny-ap1/chapter/requirements-for-human-life-and-homeostasis/ (10-17-2026)
- デジタル大辞泉, 「クオリティー‐オブ‐ライフ【quality of life】」, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com/lib/display/?lid=2001004967320 (10-17-2026)
- EuroQol, 2025, “EQ-5D-5L”, EuroQol, https://euroqol.org/information-and-support/euroqol-instruments/eq-5d-5l/ (10-17-2026)
- Edgar, A. Bowling, A.: 1997, Measuring Health; a Review of Quality of Life Measurement Scales (2nd ed.). Med Health Care Philos 1, 181–182 (1998). https://doi.org/10.1023/A:1009999222296 (10-17-2026)
- 石川 善樹・高野 翔, 2024, 「主観的ウェルビーイングの測定法: 国際標準の現状と今後の展望」, Well-being Japan 2024, Society of Well-Being, https://society-of-wellbeing.jp/wp/wp-content/uploads/2024/07/wellbeing_report2024_1.pdf (10-17-2026)
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